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魔法少女まどか★マギカの構成とか雑感とか

※以下、TVアニメ「魔法少女まどか★マギカ」について長ったらしく書いています。この作品はネタバレで面白さをかなりスポイルするタイプですので、以下の内容で今後の物語の見方に若干影響を与える可能性がなきにしもあらず。それを承知の上でお読みください。








この先、29べぇ  









まどか★マギカを観てたりしてます。なんだか気になる作品なんですよね。
気になるといってもいろいろな方向性がありますが。

特に考えさせらているのはその構成ですね。
まぁ元々、物語全体の構成を大雑把に把握するのが好きだというのもあるのですが。
魔法少女が出てくる作品というのは、大抵が努力ではなく先方の判断やら偶然やらで魔法を得ることになるのですが、この作品も例外ではなく、キュウべぇという邪悪なマスコットが魔法を押し売りしているのですが、現段階ではまどかはまだ魔法少女になってません。といいますか、キュウべぇの追い込みとは裏腹に、まどかが魔法少女になる選択肢をどんどん減らしていっている状況といえるかもしれません。それがすごく巧みに見えるのです。
何故ならば、まどかに先行する魔法少女達が、これからまどかが契約する「魔法の意味」を体現しています。
では、それを簡単に列記してみましょう。
(ちなみに物語が1クールで終わるという前提で考えています。「好評につき第二シリーズ」なんて話が最初から決まっていればこの流れはまったく意味を成さないでしょう)

第一の魔法少女 巴マミ
いわゆる利他的な正義の味方タイプ。
まどかは最初、マミに憧れて単純に人のため魔法少女になろうと考えていました。普通の魔法少女物ならは(考え無しとはいえ)善として認識される目的認識であり、魔法少女としての活動の中で魔法と自己の意味を考え、精神的にも成長を遂げる展開になるでしょう。そしてマミも、魔法少女の仲間が誕生して己の孤独な戦いが承認される喜びに目覚めるのですが・・・いわば「魔法少女の自己目的化」に足を踏み入れた途端に、それが危険であると身を以て証明する犠牲になってしまいました。
これはあらかじめほむらに警告されていた危険です。この「警告→ペナルティ」という構成は、おそらく今後も繰り返されると思われます。
さて、マミが体現する魔法の代償=ペナルティは死でした。そもそも瀕死だった時に選択の余地無く生きたいという「願い」を叶えた時点で、彼女が魔法少女としてあのように死ぬのは避けられなかったのでしょう。物語の構成的にはまどかに魔法少女の意味を教える為に生きてきたようなものです。
ただし、マミによって物語序盤に早々と「自分の無惨な死」がペナルティであることが示されたので、物語的にはこの先、自身の死よりもさらに辛いペナルティが待っていることを予告する物ともなりました。

第二の魔法少女 美樹さやか
ここから先は僕の予想になります。
第三話でマミに警告を受けていたにも拘わらず、美樹は心を寄せる少年の傷を癒すために短絡的に願いを叶え、魔法少女になりました。これを書いている今夜に第五話が放送されるわけですが、
ペナルティは「『願い』を叶えたといってもそれが幸せに繋がるわけではない」という物になるはずです。おそらく少年の傷は実は自傷などの結果で、彼は回復を喜ばないだろうという展開が予想されます。方向はどうなるか解りませんが、おそらく少年の心は一層さやかから離れ、さやかが魔法で叶えた「願い」で達成感を得ることはないでしょう。残っているのは終わりのない戦いの悪夢だけです。

第三の魔法少女 佐倉杏子
第四話では最後に顔出しだけでしたが、その言動から推察するに、おそらくはマミとは正反対、自己中心的な考えで肯定的に魔法を使う少女でしょう。おそらくマミとほむらとの間に伏線が張られていた、「魔法少女同士の戦い」も体現する存在です。そして究極的には欲望に肯定的な魔法少女の末路=魔女への道を示すことにもなっていくのではないでしょうか。魔女の行動は、魔法少女の願いの純化そのものです。また、魔法少女としての戦いによるソウルジャムの汚染は、マミによって伏線が既に張られています。まどか的には杏子の魔法の結末に対して絶望感を覚える展開になるんじゃないのか。
多分、おそらくは残念なことに、さやかが酷い目に遭う方向で。

はじまりとおわりの魔法少女 暁美ほむら、そして
第一話アバンから伏線として機能しているほむらは、最初からまどかの為だけに戦って最後に一人だけまどかの近くにいるはずの少女。ほむらが当初から一貫して「魔法少女の否定」の立場を取るがために、まどかは多分一度は魔法を肯定しなければならないことになると思います。そこが起承転結で言う「転」になるでしょう。
その後まどかが取る行動は、
1.「他人の魔法を否定するために自分の魔法を肯定する」
2.「他人の魔法を肯定するために自分の魔法を肯定する」
3.「他人の魔法を肯定するために自分の魔法を否定する」
4.「記憶と共に魔法を完全に放り出す」
のどれかに当てはまるでしょう。1は魔女の道、4は無限ループへの道です。
 まどか(「惑う」の字を当てたくなる名前ですな)は決定的な局面に至るまで選択をすることなく魔法の真実の姿を見せつけられ続け、選択肢を奪われていくのでしょう。そして遂に魔法少女に「ならされた」後、彼女はどのような願いをみつけるのでしょう。

こうして並べてみると、結局この作品は外見上はどんなにショッキングで狂気に満ちていても、「人から貰った魔法で願いを叶えることは根本的な解決にならない」という魔法少女の古典的な命題を繰り返し問うているに過ぎないのです。戦いの欠片もない変身魔法少女物となにも変わりません。ただそれがホラーテイストになっているだけ。僕自身も最初は、バトル系の作品を皮肉った際物だと思っていたのですが、回を追うにつれてそうではないのではないかと思い始めています。

また、一話アバンの光景や、一話の時計の伏線などでも指摘されている物語のループ説に関してですが、ループそれ自体が物語であるというのは魔法少女物には似合わないと思うのです。なんらかの決着が必要だと。何故なら、授かり物である魔法の力は仮初めの成長せず、ただ少女の内面が変わっていくのが魔法少女という物語だから。脇道にそれますが、男性作家と女性作家が男性向けのハーレム物漫画などを書く際に、女性作家は恋愛に一応の決着を付けることが多い傾向にあると思っています。ある期間ある心情についての一定の結論を出すことが、男性よりも女性にとってのリアルに近いのではないでしょうか? 世の中には結びなしに終わることが終わり、という形の物語もあるのですけれど、多くの魔法少女物がそうであるように、多分この物語に関しても無いのではないだろうか・・・というか、個人的にはあって欲しくないと思っています。
ただし、ループ説には「まどかの周囲の人々が魔法に絡め取られて不幸になることこそがまどかの(過去の)魔法へのペナルティ」という考え方も出来ることを付言しておきます。


一つだけ気になるのは、この物語が女性の行動様式について意図的に意識して紡がれているのではないだろうか?という点です。夫婦の立場が逆転した家族や、授業中に直接関係ない恋愛観を語る女教師など、日本語訳的な意味でのジェンダー(社会的性差)に対する視点が散見されます。男性が構築した男性社会の中の女性という視点。それはつまり、今までの数多くの魔法少女が、「男性の作り手・書き手が少女に対して理想的な心の成長(恋愛にせよそれ以外にせよ)を目指させる」という社会構造の中で描かれてきたもので、実際にそうやって数多くの女性が魔法少女の作品群に触れ成長してきた。対して今は、それにNOという女性もいるのではないか? 「少女の健やかな精神的成長」などを男性に望まれるくらいなら、少女自身が手にした魔法で感情的・直感的・あるいは理性的に解決を目指し、それで傷つこうが死のうが女性自身の問題であり、翻って「まどかマギカ」はいままでの魔法少女よりもよほど健全なのではあるまいか・・・という視野を制作陣が共有し、考慮に入れて製作されているのではないか、という仮定です。
それが正しいか間違っているかは別にして、そうであるならこの作品は今という時代でなければ描かれてない現代性を備えていると言えるのかもしれない(そしてそれは必然的に古びるものでもあります)。勿論こういう構成を蛇蝎のように嫌う女性もいるのでしょうけれど。両者は依然として遠くディスコミュニケーションは今も甚だしいのです。結局は、そこに僅かでも触れ合うところがあると期待しつつ、互いを想像しながら物語を書くしかないのですけれど。

以上、考えていることを適当に書いてみました。
謎めいた表象の解釈には興味ありませんので、先の展開が合っていようが間違っていようが、再びまどか★マギカでブログに何かを書くことはないと思います。
ではなんで僕がこんなにこの作品を気にしてしまっているか、について最後に書いておきます。
一つはやはりアニメオリジナル作品であるということ。望まれた作品を購買者のために作るオンデマンドのようなアニメが多い中、ある程度先が読めない展開というのには興味を引かれます。話も不自然でないし、映像も独創的で美しいですしね。
そしてもう一つは、魔法少女という題材で極北的・偽悪的に作品を構成しておいた上で、放送後の阿鼻叫喚な反応に即座に答える無邪気なライターの呟きを含めて観賞されるという消費の形態に対する若干の生理的嫌悪感、でしょうかね。ですが、それもまた市場に於け消費の対象として制作側はきちんとマーケティングをしている筈なのです。でなければシナリオライターを秘匿したまま放送をしたでしょうから。そうは思いつつも、先について興味を惹かれずにはいられない。同じ穴の狢です。
まどかマギカにおける魔法少女たちではないけれど、心底救われない話ですなー。
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by kazasiro | 2011-02-03 22:35 | 雑記